【IPAチャンネル】水戸を日本一のダウナー系観光地に!~悲劇すぎる幕末史、知れば知るほど輝く観光価値(鈴木ソロ630回)

幕末の激動期、日本のなかで勝者となったのは、薩摩・長州をはじめとする西日本の雄藩でした。でも、彼らが勝利できた背景には、東日本の雄「水戸藩」と、当時最高水準の教育機関「弘道館」の存在があったのを忘れてはなりません。

ペリーの黒船が来航し、国論が二分されるなか、「尊王攘夷」運動の理論的中心地となった場所が水戸でした。あの吉田松陰も、長州を脱藩し、はるか1000㎞離れた水戸の地で学んだのです。水戸は、明治維新につながる政治的ムーブメントの一大中心地でした。

しかし水戸藩は残念ながら、明治維新の主力にはなれませんでした。明治新政府が発足する前に、水戸藩内の派閥争い(内ゲバ)で、有為な人材がほぼ全て殺されてしまったからです。特に天狗党vs諸生党の悲惨な争いは酸鼻を極めました。353名一斉処刑、家族一族皆殺し、逆さ磔の極刑、今ふうにいえば「ジェノサイド」…悲運としか言いようがありません。

水戸市内には、幕末の悲惨な歴史を今日に伝える史跡がたくさん残っています。明治維新で江戸城は無血開城されたけど、日本全体でみれば、血なまぐさいものでした。なかでも一番悲惨だった町のひとつが水戸でしょう。でもよく考えれば、アツいハートで、むちゃくちゃな行動力をもって行動した水戸の人々の屍の上に、明治日本ができた。夥しい血が流れたからこそ、次に平和な時代が来た。今を生きる私たちは、それに感謝しなければならないのでしょう。

水戸の幕末史を知れば知るほど、ダウナーな気持ちになるけれど、そこに奥深い愉しみも感じられる。水戸に来て、街を歩いて、天狗党や諸生党の無念を感じてみてはいかがでしょう?

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